2017年09月

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 20:27:58.61 ID:CAP_USER.net

    <共生を考える 第9部>

    「何の教育をやっているかわからない」「反日教育をやっている」「スパイ養成学校だ」--。ヘイトスピーチ以前からそんな疑問が投げかけられる。

    「授業内容を見てほしい」。滋賀朝鮮初級学校(大津市木下町)の鄭想根(チョンサングン)校長(59)はそう願う。「日本にある外国人学校や海外の日本人学校はほぼ全てが本国のカリキュラムです。しかし、私どもは、本国が日本の植民地から解放されただけで、国家にもなっていない時期から始まりました。今は韓国の教科書も共和国(北朝鮮)の教科書も使っていません。在日朝鮮人の手で作った全国共通の教科書を使っています」

    最初から日本語が正課という。「『朝鮮学校に行ったら、漢字書けへんのちゃうか』。大丈夫です。5人のうち、1、2人は高校在学程度の漢検準2級をとっていますね。非常に日本語を大事にしています」

    日本の早期英語教育導入を受けて、今年から5年生に英語を教えるなど、日本の学習内容を意識したカリキュラムになっている。将来、日本の学校に進学する子もおり、大半が日本の社会で就職・生活するからだ。

    校長によると、小5で朝鮮の地理、小6で朝鮮の歴史を週2時間学ぶ。なおかつ日本の社会も2学期間だけだが、小4で地理、小5で歴史、小6で公民を週2時間習う。日本国籍がないと選挙権はないが、衆院議員を選ぶ小選挙区比例代表制の仕組みも教える。「数多くある外国人学校の中で、これだけどっぷり日本の歴史、文化、風習、言語、音楽を教える学校があるでしょうか」と鄭校長。

    北朝鮮の故金日成(キムイルソン)主席らの肖像画は見当たらない。全ての教室に軍事境界線のない朝鮮半島の地図が飾ってある。「正しく、あるがままを知っていただきたい」。約25年前から公開授業を始め、今年は10月1日を予定している。昨年は行事を含め、年に約2000人が訪れたという。

    朝鮮学校には自治体から補助金が交付されているが、文部科学省が昨年3月に「透明性」などを求める通知を出したのを受け、和歌山など3県が昨年度に予算計上した補助金の交付をやめた。

    滋賀県は、校内の見学や関係者への聞き取りなど5回ほど訪問調査をし、北朝鮮の現体制の権力者の崇拝などの教育はされていないとして、昨年度も例年通り補助金を交付した。児童1人当たり8万円の計144万円。県私学・大学振興課は「子どもの視点に立ち、受けている教育に問題がないと判断した」と話す。「民族学校に入った子どもの学ぶ権利は尊重されるべきだ」というのが県の基本姿勢としている。

    プールがないため、取材日に高学年の児童は近くの滋賀大付属小へプール交流に出かけていた。低学年の教室では、男児と女児が掃除の合間に朝鮮将棋を床で始めた。チョスナさん(3年)は、「民族の誇りを持って生きてほしい」という父親の願いを受け、幼稚園から同校に通う。将来の夢を聞くと、「歌手になりたい」。小さな声だが、大きな夢。担任の女性教員と私に笑みが広がった。【エリア編集委員・大澤重人】=下は8日

    ※「ウリハッキョ」は私たちの学校の意味。

    カリキュラム、60年代から変化

    朝鮮学校の教育内容やその変遷について、世界人権問題研究センター(京都市)の呉永鎬(オヨンホ)専任研究員(32)に聞いた。呉さんは大学校まで朝鮮学校で学び、一橋大大学院の博士課程を修了。現在は1950、60年代の朝鮮学校の歴史を研究している。

         ◆  ◆

    日本で生活し、日本語が第一言語の子たちをどう朝鮮人として育てるのか。本国(北朝鮮)の教育も、日本の教育もそのまま使うことができないため、両方を参照しながら、独自の教育を行っています。戦後からその基本構図は変わっていません。

    日本の学習指導要領が変わると、それを踏まえて60年代からほぼ10年おきに朝鮮学校のカリキュラムも変わっています。小学校からの早期英語教育を今年から取り入れ、ICT(情報通信技術)教育も行っています。

    https://mainichi.jp/articles/20170901/ddl/k25/040/511000c

    >>2以降に続く)

    2 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 20:28:14.57 ID:CAP_USER.net

    >>1の続き)

    53年以降、本国から送られてきた教科書を翻刻して使っていました。しかし、小1から文章で始まる教科書は、朝鮮語の基礎も知らない状態の在日朝鮮人には合いません。朝鮮戦争直後なので、物理の放物線運動を習うのに、戦車の弾道の挿絵があるなど、朝鮮学校の教員から批判が出ました。

    57年以降、本国から教育援助費が送られています。それを元に63年からは、朝鮮学校や朝鮮大学校の教員らでつくる編さん委員会が教科書を作成しています。朝鮮語のチェックの他、当初は挿絵、写真の作成は本国の力を借りていました。編集権は今、こちら側にあって、教科にもよりますが、本国はほぼチェックだけのようです。

    93年にカリキュラムが大きく変わりました。60、70年代に強かった冷戦イデオロギーや、金日成、金正日(キムジョンイル)親子をあがめる内容がかなり和らぎました。

    本国との政治的・外交的関係を背景に、朝鮮学校は公費補助を受けられなかったり、私人によるヘイトスピーチにさらされたりしていますが、教育を受ける権利は、どういった背景があれ、すべての人に保障されるべきものであると考えます。

    http://cdn.mainichi.jp/vol1/2017/09/01/20170901oog00m010077000p/9.jpg

    朝鮮将棋をする3年の児童たち=大津市木下町の滋賀朝鮮初級学校で、大澤重人撮影

    (おわり)


    引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1504265278
    【【毎日新聞】朝鮮学校は日本の教育内容も反映している ヘイトスピーチにさらされているが、教育を受ける権利は保障されるべき】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1 名前:荒波φ ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 10:08:38.45 ID:CAP_USER.net

    状況は似ていた。勝てば本大会行き決定、引き分けまたは敗れれば最終戦で運命の勝負。しかし大一番に臨んだ両チームの結果は違った。永遠の隣国でありライバルの韓国と日本のことだ。

    韓国代表は31日、ソウルW杯競技場で行われた2018ロシアワールドカップ(W杯)アジア地域最終予選第9戦でイランと0-0で引き分けた。この日の引き分けで4勝3敗2分け(勝ち点14)となった韓国はイラン(6勝3分け、勝ち点21)に次ぐA組2位を守ったが、本大会行きは決められなかった。

    中国がウズベキスタンに勝ったため3位との勝ち点差は広がったが、この日シリアがカタールを3-1で破り、状況は複雑になった。シリアはウズベキスタンと勝ち点12で並び、得失点差で上回って3位に浮上した。

    シリアの最終戦の相手がイランでありアウェー試合という点を勘案すると、最悪の状況にはならないと予想される。しかし韓国は第10戦のウズベキスタン戦(アウェー)で本大会進出を決めなければいけない状況を迎えたという点で、申台龍(シン・テヨン)監督をはじめとする選手団の負担はさらに重くなった。

    韓国がイランと得点なく引き分けたこの日、似た状況を迎えていた隣国の日本は豪州を相手に2-0で完勝し、B組で真っ先に本大会行きを決めた。日本はこの日、埼玉スタジアムで行われた最終予選B組第9戦の豪州戦で浅野拓磨の先制決勝ゴールと井手口陽介の追加ゴールで快勝、6勝1敗2分け(勝ち点20)となり最終戦の結果に関係なく組1位で本大会に進出することになった。

    この日の試合前まで2位のサウジアラビア、3位の豪州に勝ち点1差で追われていた日本は今回の第9戦でスター選手の本田圭佑(パチューカ)、香川真司(ドルトムント)、岡崎慎司(レスターシティ)を先発から除く破格的なラインナップを稼働して勝利をつかんだ。更迭説まで浮上していたハリルホジッチ監督も日本をW杯本大会に導き、プライドを保った。

    韓国と日本、両国の「ロード・トゥ・ロシア」の変曲点はまさにこの第9戦だった。同じ日に同じヤマ場を迎えた両国の運命は試合一つで大きく変わった。日本はすでに本大会行き確定で余裕を持って最終戦に臨む一方、韓国は最終戦に背水の陣を敷いて総力を尽くす状況に直面することになった。


    2017年09月01日10時00分
    http://japanese.joins.com/article/933/232933.html?servcode=600&sectcode=640


    引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1504228118
    【【中央日報】W杯サッカー = 似た状況で全く違う結果を出した韓国と日本】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/08/31(木) 19:56:06.51 ID:CAP_USER.net

    祖父が歩兵38連隊所属で、上海派遣軍の一員として、昭和12年の南京攻略戦に参加していたことを知った。

    「南京でなにがあったか、私かて聞いてない。聞いても教えてくれはらへんやろうしね。そやけど、食べ物商売をしようと決めたのは南京やとは言うてた。南京で、『どんなことあっても食べ物には手を出す兵隊と現地人』を見て、『帰ったら、食堂やろう』と決めたて言うてたわ」

    従軍体験を積極的に教えてくれる父方の祖父とは違い、寿司屋であるこの母方の祖父が戦争の話を一切しない理由もこのときにわかった。

    祖父は南京でなにかを見たのだ。だから酒を飲まないあの祖父が、戦友会の帰りだけは酔態を晒(さら)すのだ。いつもは祖母を連れて海外旅行するのに、中国だけは一人で行くのもそのせいだ。

    なにを見たのか、なにが行われたのか、そして祖父はそれに加担したのか。その後、祖父に連れられてどこかへ行くたび、そればかりが気になった。

    70年代後半に生まれた私の世代は、おそらく、従軍経験者を祖父にもつ最後の世代だろう。戦争の加害で心を壊してしまった人を自分の家族にもつ経験があるのも、我々の世代が最後に違いない。

    あの世代から我々はなにかを託された。我々に何事かを託して祖父の世代はこの世から消えた。託されたものがあるならば、我々もそれを次の世代に託していくしかない。

    その努力が実るかどうかはわからない。なにせ託されたのは自分の実体験ではないものばかりだ。それに抽象的であり、かつ曖昧でさえある。この「なんとも言えない記憶」を次の世代に繋げるのは、難事業になるだろう。

    いっそこんな努力、やめてしまって、関東大震災での朝鮮人虐殺をなかったことにする小池百合子のように、歴史に向き合わない愚劣で酷薄な人間になってしまえば楽なのかもしれない。

    だが私は、その努力をやめたくはないのだ。

    祖父は南京でなにを見たのかを語らずに逝った。しかし、最後に「はり重」を出るとき「忘れたら、あかん。忘れたら、あかん。」と、二度言ったのは、確かだ。

    菅野完(すがの・たもつ)
    著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政治分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。
    同年2月から扶桑社系webメディア「ハーバービジネスオンライン」にて連載「草の根保守の蠢動」をスタート。同連載をまとめた『日本会議の研究』(扶桑社新書)は16万部を超えるベストセラーとなり、「日本会議ブーム」を巻き起こす。
    他の著書に『保守の本分』(noiehoie名義、扶桑社新書)、『踊ってはいけない国、踊り続けるために』(共著、河出書房新社)、最新刊は『日本会議をめぐる四つの対話』(K&Kプレス)。

    http://www.gentosha.jp/articles/-/8613


    引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1504176966
    【【菅野完】朝鮮人虐殺をなかったことにする小池百合子のように、歴史に向き合わない愚劣で酷薄な人間になってしまえば楽なのかもしれない】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 00:31:03.41 ID:CAP_USER.net

    小池百合子・東京都知事が、毎年9月1日に開催される関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼式に追悼文を寄せることを取りやめる判断を明らかにした(こちら)。

    個人的な話をすると、私は、子供の頃から、入学式であれ卒業式であれ、あるいは結婚式や告別式も含めて、とにかく式と名のつくものが苦手で、その種の式の中で読み上げられるスピーチや挨拶や訓話のたぐいも一貫してきらいだった。

    その流れからすると、恒例だからという理由で毎度同じ調子で読み上げられる形式的な挨拶やら呪文やらスピーチやら経文やらを廃絶する判断には、本来なら、諸手を挙げて賛成したいところだ。

    ただ、今回の追悼文は、「これは形式だから」みたいなことで省略して良いものではないと思っている。

    というのも、震災後に関東各地で多発した朝鮮人虐殺は、わが国の歴史上の汚点であり、わたくしども日本人が定期的に思い出さなければならない苦い教訓だと考えるからだ。

    虐殺は、「災害に伴う混乱」みたいな話で呑み込むことのできる話ではない。

    コトは大量殺戮だ。

    しかも、その大量殺戮の犯人に当たる人間たちには、普通の、市井の人々が含まれている。

    わずか90数年前に、われわれは、6000人以上にのぼる無辜の朝鮮人を殺しているのだ。

    われら現代の日本人の中にも、おそらく、そういうことを可能ならしめる群集心理がビルトインされている。

    同じ状況に遭遇すれば、私たちは、また同じことを繰り返すかもしれない。

    そのおそろしい可能性を断つためにも、この事件は、われわれが何度も振り返り、その意味を噛み締めなければならないものだ。

    とすれば、大量殺人が起こった現場である自治体の知事が、その犠牲者の追悼式に追悼の言葉を送らないという決断は、普通は考えられない選択肢ではあるはずだ。

    いったいどうして、小池都知事は、これまでの慣例を破って、あえて追悼を拒絶する判断に立ち至ったのだろうか。

    今回は、その理由について考えてみる。

    小池都知事は、追悼文の送付を取りやめた理由を問われて

    《3月には関東大震災と都内の戦災遭難者慰霊大法要に出席した。その場で都知事として関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表した。全ての方々への慰霊を行っているということだ》

    と答えている。

    自分は3月の段階で慰霊法要に出席して、その時に追悼をしている。9月に朝鮮人犠牲者を特別に追悼することは、重複することになるから取りやめるということのようだ。

    これに対して、記者は、

    《震災の犠牲者と虐殺された犠牲者の追悼は意味が違うとの意見がある》

    と、重ねて問いただしている。

    小池都知事は

    《不幸な死を遂げられた方に対して慰霊をする気持ちは変わらない。都知事として、全ての方々への哀悼の意を表することは大変意味の深いことだと思う》

    と述べ、さらに

    《民族差別が背景にあるような形で起きた悲劇について、追悼文を送ることに特別な意味はないか》

    との問いに対しては

    《民族差別という観点というよりは、わたくしは、そういう災害で亡くなられた方々、様々な被害によって亡くなられた方々への慰霊をしていくべきだと思っております》

    と回答している。

    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/083100108/
    >>2以降に続く)

    2 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 00:31:24.82 ID:CAP_USER.net

    >>1の続き)

    あまりにもさらりと言ってのけているので、こちらもついさらりと聞き流してしまいそうになるが、この短い質疑応答の中で、小池都知事は、実に空恐ろしい言葉を連ねている。

    「民族差別という観点というよりは……そういう災害で亡くなられた……様々な被害によって亡くなられた方々」

    というこの言い方は、知事が朝鮮人虐殺について、民族差別とは無縁な偶発的な出来事である旨の認識を抱いていることを物語っている。

    「民族差別というよりは」

    というよりは、何だ? 

    民族差別でないのだとすると、あの集団殺戮は、いったいいかなる心情がドライブした動作だったというのだろうか。

    同じ町で暮らしている隣人を、同じ町の住人が多数の暴力によって殺害することが、差別以外のどういう言葉で説明できるのだろうか。

    6000人以上と言われている虐殺の犠牲者は、民族差別による殺人の犠牲者ではなくて、一般の災害関連死と同じ「様々な被害」として一緒くたにまとめあげることのできる死者だというのか?

    たしかに、震災による死は一様ではない。

    建物の下敷きになって圧死した者もあれば、地震の直後に起こった火事で焼死した人々もたくさんいる。迫りくる火炎から逃れるべく川に飛び込んで溺死した犠牲者も大変な数にのぼると言われている。

    あるいは、小池都知事は、そういう様々な犠牲者が10万人以上も発生した大災害の中で、朝鮮人の死者だけを特別に追悼することが、公平の原則に反すると考えているのかもしれない。

    しかし、民衆による虐殺による死者は、不可抗力の災害による死とは別の枠組みで考えないといけないはずだ。

    圧死であれ焼死であれ溺死であれ、災害の直接的な影響で亡くなった死者は、災害の犠牲者として分類することができる。災害を生き延びた人間が、同じく災害を生き延びた人間の手で殺された場合、その死は、災害死ではない。

    人間によって殺された死者は明らかな殺人の犠牲者だ。そうカウントしないとスジが通らない。

    25日の会見の動画をひととおり視聴して私が強い印象を受けたのは、小池都知事が、最後まで、「虐殺する」「虐殺される」「殺す」「殺される」という普通なら虐殺の犠牲者に対して使われるはずの動詞を一度も発音しなかったことだった。

    知事は、虐殺の犠牲者にも、そのほかの震災関連の犠牲者にも、同じように「亡くなられた」という動詞のみを使っている。

    この「亡くなる」という言い方(語尾が「亡くなられる」となっているが)という動詞は、自動詞で英語に直せば"died"に当たる。

    知事の会見をそのまま英語に翻訳すると、かなり奇妙な英文になるはずだ。

    辞書(『研究者大英和辞典』)を引いていて、興味深い囲み記事を発見したので、そのまま引用する。

    《英語は「何が何をどうした」という行為者と被行為者の関係を明確にいう言語である》

    という一行は、実に味わい深い。

    災害関連死による死者と、虐殺による犠牲者を、おなじ「亡くなられた」という動詞で一括りに表現する小池都知事の言葉は、行為者と被行為者の関係を曖昧にした状態で語ることのできる言語である日本語だからこそかろうじて意味をなしているが、この会見が英語でやりとりされているのだとしたら、知事の回答は成立しなかったはずだ。

    具体的には、震災の犠牲者には、”murder”ないしは ”slaughter”という単語を使わなければならない。

    つまり、英語では「行為者」の「行為」を消すことができないということだ。

    同じ会見の中で、小池都知事は、

    《追悼文送付の中止で、震災時に朝鮮人が殺害された事実が否定されることになるとの批判がある》

    という記者の指摘に対して

    《様々な歴史的な認識があろうかと思うが、関東大震災という非常に大きな災害、それに続く様々な事情で亡くなられた方々に対しての慰霊をする気持ちは変わらない》

    と回答している。
    (続く)

    3 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 00:31:39.75 ID:CAP_USER.net

    (続き)

    これも、さらりと言ってのけているが、実にとんでもない言明だと申し上げねばならない。

    どういうことなのかというと、知事は、「震災時に朝鮮人が殺害された事実」について問い質されている文脈の中で、「さまざまな歴史認識があろうかと思うが」と言っているわけで、これはつまり、知事ご自身が「朝鮮人が殺害された事実」を歴史的な「事実」として受け止めておらず、「歴史認識」の問題として認識していることを示唆している。

    要するに

    「朝鮮人が殺されたことを事実だと考えている人もいるのでしょうが、一方には、虐殺を捏造と断じている歴史認識を抱いている人もいるわけで、まあ人生いろいろですよね」

    ということだ。

    歴史認識の話をすれば、朝鮮人虐殺を「事実だ」と考える日本人が大半である一方で、「捏造だ」と主張している人がいることも事実ではある。

    が、虐殺は、当時の政府が公式に認めている事実であり、裁判所には裁判記録も残っている。関東近県の警察はもとより、記者の取材メモや私人の日記や小学生の作文など、虐殺を証拠立てる資料はそれこそ山と積むほど存在している。

    当然、教科書もそう書いているし、歴史家や文学者による書籍も同じように虐殺を「事実」として描写し解説している。

    これを「歴史認識の問題」にすり替えることができるのなら、「ポツダム宣言の受諾」や「原発のメルトダウン」だって、同じように「人それぞれ色々な見方がありますからね」案件として扱えることになる。実際、広い世界には、アポロ11号の月面着陸をスタジオ撮影だと言い張る人たちが生息しているし、ホロコーストをユダヤ人による捏造だと主張している人たちもいまだに滅びていない。

    しかし、都知事という立場にある人間が、朝鮮人虐殺という歴史的事実をつかまえて「様々な歴史認識があろうと思いますが」なんていう言い方をしたら、あらゆるファクトはフェイクに化けてしまう。

    たとえばの話、税務署の人間に対して

    「さまざまな税務解釈があろうかと思いますが」

    みたいな前置きで説教をカマすことが可能だろうか? 

    あるいは白バイの警察官に

    「様々なスピード計測機器があろうかと思いますが、私の体感では時速38キロです」

    てなことを言ったとして、警察官は、

    「なるほど。あなたがそうおっしゃるのなら、速度超過はしていないのでしょうね」

    と、めでたく納得してくれるものだろうか。私は無理だと思う。

    以上、長々と書いてきたが、知事が追悼文の送付を拒絶した理由は、私には解明できなかった。

    「わからない」

    としか言いようがない。

    石原慎太郎氏をはじめ、猪瀬さん舛添さんと、歴代の都知事が毎年送付してきた簡単な追悼文を、例年どおりに送ることで、いったい小池都知事は何を失うと考えたのだろうか。

    反対に、これまで何の不都合もなく継承されてきた慣例に従うことを、自分の代であえて拒絶することで、彼女は何を獲得するつもりなのだろうか。

    あるいは、知事は、誰に向かって何をアピールするつもりで、今回の決断をくだしたのであろうか。

    そこのところがどうしてもわからない。

    小池都知事は、昨年の都知事選を戦うにあたって、舛添前都知事が約束していた韓国学校への都有地の貸与を撤回することを公約に掲げていた。

    都民ファーストという名前は、その韓国人学校への都有地の貸与を白紙撤回する主張を展開する中で浮かび上がってきた言葉でもある。

    (続く)

    4 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 00:31:50.51 ID:CAP_USER.net

    (続き)

    そもそも「ファースト」という分断ないしは差別待遇を示唆する言葉を「都民」なり「日本」なりという「総体」に対して使う用語法が、すでにして狂っているのであって、こういうスローガンを掲げた以上、

    運動の対偶として「非都民」なり「非日本人」なり「非国民」なり「反日分子」なりを持ち出さずにはおれなくなるはずなのだが、小池さんが、就任1年を経てあえてこの時期に、朝鮮人犠牲者への追悼を拒絶したのは、邪推すれば、「ファースト」という言葉がもたらした必然であるように見える。

    とはいえ、私は、知事が、韓国人・朝鮮人に対して差別的な考えを抱いているとは思っていない。

    ただ、憶測すればだが、小池都知事のコアな支持層の中に、知事が朝鮮人犠牲者を追悼することを喜ばない人たちが一定数いることは当選の経緯からしても大いに考えられることで、してみると、今回の決断が、その支持層の意を受けたものである可能性は否定できない。

    トランプ大統領が、ここしばらく米国を揺るがしている人種対立の問題に関して、自らの有力な支持母体のひとつである白人至上主義団体への目配りから、果断な態度を示せずにいることと一脈通じる話かもしれない。

    うまくまとまらないので、最後に、小池都知事の政治手法五動作を披露しておきます。

    さ:策を弄する
    し:品(しな)を作る
    す:裾を掻く
    せ:節を曲げる
    そ:袖を払う

    古くさい言葉が多いですね。辞書を引いてみてください。私も辞書を眺めながら考えました。お粗末。

    自分の発言より「虐殺の有無」「被害者の数」に議論が向かえば小池さんの思う壺なんだろうなあ…とは思います。

    小田嶋 隆
    コラムニスト
    1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

    (おわり)


    引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1504193463
    【【小田嶋隆】朝鮮人虐殺は、わが国の歴史上の汚点であり、わたくしども日本人が定期的に思い出さなければならない苦い教訓】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1 名前:動物園φ ★@\(^o^)/:2017/08/31(木) 22:57:00.59 ID:CAP_USER.net

    W杯アジア最終予選A組

    韓国 0-0 イラン
    中国 1-0 ウズベキスタン
    シリア 3-1 カタール

    1位 イラン. 21
    2位 韓国 14
    3位 シリア. 12
    4位 ウズ 12
    5位 中国  9
    6位 カタ  7
    http://www.livescore.com/worldcup/afc-qualification-3-round-group-a/

    最終戦
    ウズベキスタン vs 韓国
    イラン vs シリア
    カタール vs 中国


    引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1504187820
    【【サッカー】韓国、10人のイランを崩せずスコアレスドロー!予選突破へ暗雲 アジア最終予選A組】の続きを読む

    このページのトップヘ