- 1 名前:鴉 ★:2019/12/28(土) 18:20:15.11 ID:CAP_USER.net
韓国に対する「確証バイアス」が広がる日本
対立の影で失った韓国への客観的な視角
輸出規制後の特徴的事例
確かに、日韓両政府の対立はこれまでも数多く存在してきた。しかし、今回の日韓の対立で最も深刻なのは、それが市民やメディアの議論にまで大きく影響を与え、社会の中で相手国に対しての捉え方が変わったことにある。
ここで、輸出規制が実施された後に起きた3つの事例を挙げて、その傾向を見ていく。
第一に挙げられるのは、「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が約2カ月間、閉鎖された件である。8月に始まった同展においては、従軍慰安婦の女性を模した「平和の少女像」に対してテロを想起させる批判が多く寄せられたこともあり、安全を考慮して展示全体の中止が発表された。その背景には有力政治家による発言が後押しした部分もあったものの、歴史問題に対するメディアや市民の反発が理性的な反論を抑え込んだ面が強い。結果的に、かつての少女たちが戦中戦後に何を思ったのかを伝えたいという作り手の思いはかき消されてしまった。
この事件が報じられた際、私は1995年の出来事を思い出した。アメリカの国立スミソニアン博物館で米国内初の原爆展が企画されたものの、議会や在郷軍人会等からの圧力で同企画が中止に追い込まれ、未だ国内において「原爆投下は多くのアメリカ人の命を救った行為」とする見方が一般性を有している件である。
自分の目に入るものは常に心地よく、多様さは必要ないとする姿勢をとれば、世界は極めて単純なものに映る。しかし、様々な人や価値観が存在し、それぞれに背景や歴史、時として痛みすら抱えているのが実社会である。自らと異なる意見を目の前にした際に、それを拒否してしまえば実態を掴むことはできない。
第二の事例としては、雑誌を含めたマスメディアにおけるヘイトスピーチまがいの言説の広がりが挙げられる。『週刊ポスト』の特集「韓国なんて要らない」において「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」とされる記事が世間の注目を集めたが、それ以外にも「日韓断絶」(『文藝春秋』2019年10月号)など誰もが知る大手メディアで煽情的な見出しが躍った。後者については、「日韓相克 終わりなき歴史戦の正体」(11月号)、「『反日種族主義』を追放せよ」(12月号)といったタイトルも連続して表紙になっている。もちろん、発行部数を上げるための手段と見ることもできるが、それらは以前ならば嫌韓本でしか見られなかったタイトルである。
その背景には首相をはじめとする政治家がたびたび韓国への怒りを露わにしたことで、そうしたタイトルに「お墨付き」が与えられたと見ることができよう。しかし、歴史問題に起因する問題に対して自らを省みる視点が従来に比べて欠けている現政権の姿勢が基準となる以上、それがメディア、そして社会に広がることは問題を一層深刻にさせてしまう。
第三の事例として挙げられるのが、9月に法相に就任(10月に辞任)したチョ・グクの扱いである。彼は韓国で著名な法学者であり、文在寅政権発足時より、その就任が注目された人物であった。注目された要因としては、彼が文在寅政権や盧武鉉政権を支えた386世代(1990年代に30代で、1980年代に学生として民主化運動に参加し、1960年代生まれの世代。最近では、現在彼らが50代であることから586世代とも呼ばれる)の代表的な人物で、各種の政治的な事件に際してリベラル陣営の旗振り役を担ってきたためである。そして、大統領府民情首席(大統領の親戚や公務員規律の管理、人事の検証などを行う部署の長)として、韓国国内で強大な権力を有する検察改革を進めてきた。具体的には、文大統領が選挙戦の中で掲げた高位公職者犯罪捜査処の新設案と、検察と警察の捜査権の調整の設計を主導し、その実績が文大統領と支持者の信頼を得ていたのである。
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019122600010.html
- 2 名前:鴉 ★:2019/12/28(土) 18:20:33.03 ID:CAP_USER.net
しかし、韓国の病理の一つといえる権力者家族の優遇に、本人の関与は定かではないものの手を染めた面があり、彼は国民の批判を浴びることになった。そして、日本においては文政権を批判する保守派の主張が主として紹介され、上掲のチョ氏の従来の成果がほとんど報じられなかったため、韓国で彼の法相就任に際して世論がほぼ二分されたにもかかわらず、日本のメディアではチョ氏への非難や嘲笑のみが広がることになった。
これは大変危険な状況といえる。例えば、アメリカにおいてはオバマ大統領を生んだ側面と、トランプ大統領を生んだ側面が同居している。国や社会は多面的なものであり、それらを俯瞰できてこそ実態を捉えることができる。しかし、一側面のみを強調し、それを同国の全てだと捉えてしまえば、結果的に判断を誤ることとなる。日本で起きているのは、そうした状況なのである。
現在、安倍政権と文政権が対立しているのは確かである。そして、安倍政権やその周辺から繰り返し強硬な発言がなされ、韓国がとる論理を「国際法違反」の一言で一顧だにせず否定する中で、社会全体に韓国への反感が広がり、読者や視聴者の望むもののみをメディアが選択するようになった構造があるのではないだろうか。そこでは客観性のある報道や、バランスのとれた情報周知よりも、文政権を叩くことが重視され、韓国での反文在寅(反リベラル=保守派)の強硬な言説が重宝される結果を生んでいる。それにより、日本における韓国への客観的な視角は失われつつある。
- 4 名前:鴉 ★:2019/12/28(土) 18:21:11 ID:CAP_USER.net
日本社会が陥った確証バイアス
前掲の3事例を改めて振り返る時、社会心理学の用語である「確証バイアス」が日本社会全体へ広がっているとの感覚を持たざるを得ない。確証バイアスとは、自らの考えを支持する情報のみを集め、反証情報を無視する傾向をいう。
日韓関係で捉えるならば、「日本が常に正しい行動をとっているにもかかわらず、韓国はいつもそれを受け止めることなく謝罪を求める感情的な国である」と見なして、自分に入って来る情報を韓国や文在寅政権に対する否定的なステレオタイプに見合ったもので凝り固めてしまう状況である。従来、それは一部の政治家やネットの中で見られたものであったが、そうした確証バイアスがマスメディアや社会全体に広がり、韓国の一側面をもって世論が形成される状況が現在生まれている。
「週刊ポスト」2019年9月13日号の特集「韓国なんて要らない」
本来は注視すべき韓国の主張や背景に目を向けず、実態と異なる印象により日本の対韓政策が決定され、市民がそれを後押しする構造は、いうまでもなく危険性が高い。市民に韓国についての適切な情報が行きわたらず、自ら学ぼうとする動機付けもない中で、状況は一層悪化している。これは3つの事例だけでなく、本連載の出発点であった2018年秋の徴用工判決から続くものといえる。政府、メディア、社会全体で形成されたステレオタイプは対立、敵意、嘲りなどを生み、対話を遠ざけてしまっている。
「史上最悪の日韓関係」という言葉は、この数年決め言葉のように、両国に対立が生じた際に使われてきたが、現在の日本における確証バイアスの広がりは、日韓関係に限らない最悪の事態である。戦後日本が保ってきた平和や対話を重視する姿勢が大きく変容し、否定的な意味で日本が「新たな段階」に入ったといえよう。その変化が政治家のみにとどまるものであれば、政権交代や代替わりなどで解決することもある。しかし、社会全体が複眼的思考を失ってしまった場合、その社会によって選ばれた政治家や、その支持を取り付けたいメディアは一層偏った情報発信に拍車をかけてしまう。
もちろん、韓国に何も問題が無いとは思わない。しかし、これまで取り上げてきた徴用工問題に端を発する日韓の対立から、日本社会がある意味で危険水域に達している傾向が見えてくる。今、日本社会あるいは世論を形成するメディアが、その歪(いびつ)さに気づかなければ、韓国との外交関係の悪化だけでなく、日本が非常に偏狭な国へ変質してしまうとの警鐘を鳴らしつつ、この稿を閉じたい。
引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1577524815
【朝日新聞】「確証バイアス」が広がる日本…日本人は韓国への客観的な視角が失われつつある。日本が偏狭な国へ変質することに警鐘を
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